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スタートアップから大企業まで:ブランド戦略で使い分けるグラフィックデザインの種類と実践例

2026.02.14

デザイン制作

ビジネスの現場において、グラフィックデザインは単なる装飾ではなく、経営課題を解決し、企業価値を高めるための強力な武器となります。しかし、企業の成長フェーズによって、求められる「効くデザイン」の形や役割が大きく異なることをご存知でしょうか。

創業間もないスタートアップ企業が最優先すべきは、市場での認知拡大と信頼獲得を同時に叶えるためのインパクトある視覚戦略です。一方で、すでに確固たる地位を築いている大企業においては、時代の変化に伴うブランドイメージの陳腐化を防ぎ、新たな価値を創出するためのリブランディングやデザイン刷新が重要課題となります。これらを混同してしまうと、せっかくのクリエイティブ投資が十分な効果を発揮しないばかりか、ブランドの方向性を誤らせてしまうリスクさえあります。

そこで本記事では、スタートアップから大企業まで、企業の規模やフェーズに応じた最適なブランド戦略と、それを具現化するためのグラフィックデザインの種類や実践例について詳しく解説します。CI・VIの構築から、会社案内やロゴといった具体的な媒体の選び方まで、貴社の現在の立ち位置に合わせ、投資対効果を最大化するクリエイティブ活用術をご紹介します。ぜひ、今後の事業成長を支えるデザイン戦略のヒントとしてお役立てください。

1. スタートアップの急成長を支える視覚戦略:認知拡大と信頼獲得を同時に叶えるCI・VIデザインの重要性

創業間もないスタートアップ企業にとって、グラフィックデザインは単なる装飾ではなく、ビジネスの生存率を左右する重要な経営資源です。サービスやプロダクトの質がどれほど優れていても、顧客や投資家が最初に目にするのは「視覚情報」だからです。特に知名度が低い初期フェーズにおいて、CI(コーポレート・アイデンティティ)とVI(ビジュアル・アイデンティティ)を戦略的に設計することは、市場における認知拡大と社会的信頼の獲得を最短距離で実現する鍵となります。

CIとは企業の理念やビジョンといった「人格」を指し、VIはその人格をロゴ、配色、フォント、写真のトーン&マナーなどの「視覚的要素」へ落とし込んだものです。スタートアップが陥りやすい失敗の一つに、ロゴデザインやWebサイト、営業資料のデザインがバラバラで一貫性がない状態が挙げられます。視覚情報が統一されていないと、受け手は「どのような企業なのか」を認識するのに時間がかかり、結果として不信感を抱く原因となります。逆に、あらゆるタッチポイントでVIが統一されていれば、接触回数が少なくても記憶に残りやすく、プロフェッショナルな組織であるという安心感を与えることができます。

成功事例として、日本のSaaS企業であるSmartHRの戦略が挙げられます。彼らは「人事労務手続き」という堅苦しく複雑な領域に対し、親しみやすいイラストレーションや柔らかな配色、直感的なUIデザインを徹底しました。これにより、「難しそう」というユーザーの心理的ハードルを下げ、誰でも簡単に使えるサービスというブランドイメージを確立することに成功しました。この一貫した視覚戦略は、サービスの導入障壁を取り除くだけでなく、スタートアップでありながら大企業にも安心して導入してもらうための信頼獲得に大きく貢献しています。

また、ビジネスチャットツールのSlackも、初期からデザインを競争優位性として活用した好例です。従来の業務ツールにはなかった鮮やかなカラーパレットや遊び心のあるビジュアルコミュニケーションを採用することで、「仕事は退屈なもの」という既成概念を覆しました。結果として、単なるツールではなく、チームの文化を変える存在として熱狂的なファンを獲得し、急成長を遂げました。

このように、スタートアップにおけるデザイン投資は、コストではなく成長エンジンへの燃料と言えます。CIとVIを連動させ、自社の価値を視覚的に正しく翻訳して伝えることができれば、マーケティング効率は劇的に向上し、採用活動や資金調達においても有利に働きます。リソースが限られている段階だからこそ、視覚戦略によるレバレッジを効かせることが、競合との差別化を図るための賢明な一手となるのです。

2. 組織拡大に伴うブランドイメージの陳腐化を防ぐには?大企業が取り組むべきリブランディングとデザイン刷新のタイミング

企業の成長スピードにブランドイメージが追いついていない現象は、多くの大企業が直面する深刻な課題です。創業期に込められた情熱的なロゴやデザインガイドラインも、事業の多角化やグローバル展開、そして市場環境の変化によって次第に「陳腐化」し、顧客やステークホルダーとのコミュニケーションにノイズを生じさせることがあります。「昔は革新的だったが、今は古臭い」という印象を持たれることは、ブランド資産の損失に直結します。

では、組織はどのタイミングでリブランディングやデザイン刷新に踏み切るべきなのでしょうか。成功している大企業の事例から、その兆候とタイミングを読み解きます。

最も明確なタイミングは、「デジタルタッチポイントでの不整合」が顕在化した時です。スマートフォンの普及以前に作られた複雑なグラデーションや立体的なロゴマークは、アプリのアイコンやソーシャルメディアの小さな画面では視認性が著しく低下します。例えば、日産自動車やBMWといった歴史ある自動車メーカーが相次いでロゴをフラットデザイン(二次元的なシンプルなデザイン)に変更したのは、デジタル空間での可読性を高めると同時に、EV(電気自動車)シフトという新しい時代の軽やかさと先進性を表現するためでした。このように、媒体の変化に合わせて視覚言語(ビジュアルアイデンティティ)を最適化することは、現代のマーケティングにおいて必須条件です。

次に、「事業領域の拡張」も重要な転換点となります。特定の製品やサービスからスタートした企業が、プラットフォーマーへと進化する場合、元のデザインが足かせになることがあります。スターバックスがロゴから「COFFEE」の文字を外し、シンボルのセイレーンのみに焦点を当てたリブランディングは有名な事例です。これは、コーヒー以外の事業展開を見据え、特定の製品カテゴリーに縛られないブランドイメージを構築するための戦略的な判断でした。自社の提供価値が創業時よりも広がっているならば、デザインもその拡張性を許容するものへとアップデートする必要があります。

さらに、企業の「パーパス(存在意義)の再定義」も大きなきっかけとなります。サステナビリティや多様性(DE&I)など、現代社会が求める価値観と企業の姿勢を一致させる際、古いデザインが持つ権威的・閉鎖的なイメージが邪魔をすることがあります。バーガーキングが実施したリブランディングでは、人工的な添加物を使用しないという方針を強調するため、より温かみがあり、レトロで「おいしそう」に見えるデザインへと回帰しました。これは、単なる見た目の変更ではなく、企業の姿勢そのものをデザインで表明した好例です。

リブランディングは、単なる表面的なお色直しではありません。組織の進化を可視化し、社内の結束を高め、市場に対して「我々は変わり続けている」という強力なメッセージを発信する経営戦略そのものです。既存のブランド資産への愛着と敬意を持ちつつ、勇気を持って「捨てる」決断をすること。この新陳代謝こそが、大企業が永続的に市場でのプレゼンスを維持するための鍵となります。

3. 成長フェーズで変わる「効く」デザイン媒体の選び方:ロゴから会社案内まで、投資効果を最大化するクリエイティブ活用術

企業が成長する過程において、デザインへの投資はフェーズごとに最適化する必要があります。創業初日に数百ページのブランドガイドラインを策定する必要はありませんが、上場を目指す段階で手作りの名刺を使っていれば信用に関わります。経営資源を無駄にせず、最大の成果を生み出すためには、企業の現在地に合わせて制作物の優先順位を決めることが重要です。ここでは、創業期、急成長期、成熟期の3つのステージに分け、ROI(投資対効果)を高めるための具体的な媒体選びを解説します。

創業期:最小限のコストで「信頼」を勝ち取る

スタートアップにおいて最も貴重なリソースは資金と時間です。この段階(シード〜アーリーステージ)では、顧客や投資家に「実体のあるプロフェッショナルな企業」だと認識してもらうための最低限のツールが必要です。
ロゴデザイン: 企業の顔となる最重要項目です。長期的な使用に耐えうる、視認性が高くコンセプトが明確なロゴが必要です。
名刺・ランディングページ(LP): 連絡先と事業内容が瞬時に伝わることが最優先です。凝ったギミックよりも、情報の整理整頓にデザインスキルを活用します。
ピッチ資料(プレゼン資料): 資金調達や初期の営業活動において、事業のポテンシャルを視覚的に伝えるデザイン力は、成約率に直結する重要な武器となります。

急成長期:組織拡大と「採用・営業」の強化

事業が軌道に乗り、社員数が急増するこの時期(ミドルステージ)は、社内外へのコミュニケーションコストを下げるためのデザイン投資が極めて効果的です。属人性を排除し、ブランドの統一感を持たせることが求められます。
会社案内・営業資料キット: 誰が営業に行っても同じクオリティで自社の魅力を伝えられるよう、標準化された高品質なパンフレットや資料が必要です。
採用サイト・採用ピッチ資料: 優秀な人材を確保するため、企業のカルチャーやビジョンを魅力的に可視化するクリエイティブが不可欠になります。例えば、Sansanやメルカリといった企業は、成長フェーズにおいてデザインの力を活用し、強力な採用ブランドを築き上げました。
VI(ビジュアル・アイデンティティ)ガイドライン: 制作物が増えることによるブランドイメージの希釈や不一致を防ぐため、フォントや配色の明確なルールを定めます。

成熟期・変革期:社会的信用の確立とインナーブランディング

市場での地位を確立した後は、守りのブランディングと、新たな市場開拓のための攻めのリブランディングが求められます。
統合報告書・IR資料: 株主やステークホルダーに向けた、透明性と信頼性を担保するデザインが必要です。数値情報をわかりやすくインフォグラフィック化するなどの工夫が評価されます。
ブランドブック: 組織が大規模化しても創業時の熱量やビジョンを共有し続けるために、理念をデザインとして落とし込んだ冊子を全社員に配布し、インナーブランディングを強化します。
サステナビリティレポート: 企業の社会的責任(CSR)やSDGsへの取り組みを発信し、長期的な企業価値を向上させます。

デザイン媒体を選ぶ際は、「今、経営課題を解決するために何が足りないか」を起点に考えることが成功の鍵です。フェーズに合わない過剰なクリエイティブは単なるコストになりますが、適切なタイミングで投入されるデザインは、企業の成長スピードを劇的に加速させる投資となります。